【ちょっといい話】第4話 設樂馨

オプティズムで煌めこう

「ちょっといいはなし」四番手は、煌めく研究 輝く女性(これは本センターのキャッチコピー)になるための耳寄り話を引いてみます。

卒業式シーズンですね。出身高校から届く同窓会誌にも、私が英語を教わった、出身校(女子校)初の女性校長の式辞がありました。

校長は研究者ではないですが、教育学を実践的に究めた女性、と言えるかもしれません。

その式辞のなかに、女性が社会進出すればいずれグラスシーリング(ガラスの天井)がある、

そこで必要な強さとはオプティミズムだと思う、楽観主義ですとありました。

これから大学へ行き、学び、社会進出する女性になろう、という十八歳の乙女に向けて「グラスシーリング」、続けてそれを突き破るには、と語るスピーチに、校長自身、見えないガラスの天井を見続けて悔しさを飲み込んできた日々があったのかなと考えてしまいました。

ふと、高校時代に聞いた訓辞が頭をよぎります。それは、インディアンの昔話でした。

ある鳥が卵を産み、その卵の一つが崖(がけ)にある別の巣に落ちてしまう。別の巣で羽化した鳥は巣の鳥を親と思い、上空高くを飛ぶコンドルにあこがれ続け、自分自身がコンドルとは気づかないまま、あこがれを胸に一生を終える。みにくいアヒルの子は飛んで、自分があこがれの白鳥だと気づいたのに、コンドルの子は飛ばず、一生気づくことはなかった。

自分はアヒルの子?それともコンドルの子?

どんな研究をしようか、研究を続けようか、と未来を引き寄せる選択に臨むとき、どちらの選択が明るいオプティミズムな未来へ至るのでしょうか。

選択し、決断するとき、その心にちょっと勇気やゆとりを持って楽観してみたら、煌めく研究 輝く女性になれるはず!と、ある女性校長の「いいはなし」で失礼します。